大竹伸朗は今や日本現代美術の大御所だが、未だポストパンク的な感覚を持ち続けている珍しい作家ではないだろうか。
一見よくわからない作品もあるが、彼の文章と読み合わせると、温度感や匂いなど視覚以外の感覚が呼び起こされ、妙なリアリティを帯びる不思議な感覚になることがある。彼のスケッチと旅行日記が一緒になった「カスバの男」は初めてその感覚を覚えた作品で今でも愛読書だ。
鑑賞者と作品の間のcatalystとして、彼の書く文章は最上のテキストだと思う。
ビルをテーマにしたこのexhibitionでもその不思議な感覚を味わおうと、パンフレットに記載されていた彼の文章を読みながら作品を見つめる。
「ビルとの出会い」という文章はこんな内容だった。
絵のモチーフとして「ビルとの出会い」を意識し始めたのは、1979年9月から80年代前半にかけて訪れた「香港」でのことだった。蒸し暑い真夏のある日、何気なく見ていた中景の「ビル」が自分自身と強烈に同期したように感じた。屋上正面の社名の立体文字が設置された素っ気ない「白いビル」だった。内側から強くせき立てられ、自分を包み込む香港の空気や湿気、熱波、匂いやノイズ全てを絵の中に閉じ込めたいと思った。鉛筆で一気に描いたその「ビル風景」の絵を見たとき、内と外が合体したような感覚を覚えた。
次は「スケッチのこと」という文章。
風景や人物を実際に「目で見て」描いたスケッチには、それがどんなに短時間の出来事であっても2度と戻らない一期一会の「時間」が刻印される。他人にとってまったく無意味にしか映らないただ1点のインク染みであっても、あらためて見ると、そのときの「ニュアンス」や「気配」「手触り感」がジワジワ蘇ってくる。
こういう文章を読んで作品と対峙すると、彼が作品との関係がそのままのり移るというか追体験しているというか、そんな気分になってくるのだ。こういう感覚を味わわせてくれるのが彼のユニークさだと思う。