エストニアは1991年にソビエトから独立して以来、ICTとバイオテクノロジーを国家政策の柱に据えた。
‘Leap Frog’ならぬ’Tiger Leap’と命名したICTプログラムから始まり、次々と先進的でありながら地に足のついたAgendaを実現し続け、今では世界有数のICT先進国として有名になった。
政府、省庁、地方自治体を横串にした情報ポリシーや相互接続システムが構築されており、縦割り文化の日本とは桁違いのスピードでデジタル戦略が実行されている。
驚くのはそのIT予算規模で何と日本円で50億程度。
日本で言えば、売上2000億程度の企業のIT予算レベルではなかろうか。
こんな予算で電子政府をはじめ先進的な取り組みを次々と手がけられるのは、国家レベルでEnterprise Architectureを実践的な取り組みとして定着していたからだろうし、ソビエト崩壊で過去から引きずるもの無く白紙状態でスタートを切れたこともあるだろう。
最近の取り組みではDigital Nomad Visaなどが注目を浴びるが面白いと思うのはData Embassy構想。
Data Embassy構想とは、同盟国政府にエストニアの国家データをバックアップしてもらうことで、いわゆるDisaster Recovery Siteの発想に近い。
エストニアの国家運営を揺るがす有事に備え、必要なデータは全て保全することが狙いだ。
国家存続計画としてデータセンター事業者ではなく、同盟国政府と外交レベルで進めているのがユニークなところだ。
エストニアがここまで拘るのは、歴史的に、地政学的にロシア、ソビエトから度重なる脅威や侵略を受けてきたことに他ならない。
実際に2007年にはロシアからサイバー攻撃を受けたし、揺れる国際情勢の中かつてロシア帝国やソビエトから受けたような侵略にどう備えるかは、国家存続の上で最大の課題だろう。
そんなエストニアにKGB Museumがある。KGBは言うまでもなくソビエトの諜報機関で悪名高いことで有名だが、かつてタリンにも潜伏し諜報活動をしていた。
Viruホテルの22階(実は22階はダミーで本当は23階)をKGBが拠点にしており、撤退後もそのままの状態で一般公開しているのだ。
ホテルの受付で話を聞くと、料金は11€で11:25にロビーの奥に集合、11:30から英語ガイドが案内してくれるというので翌日に予約を入れた。
当日、指定場所に行くとすると既に5、6人が集まっており、そこで11€を支払ってエレベーターで22階まで移動。
英語ガイドはジョークを交えながら、次から次に展示物の説明をしてくれる。
ネタバレになるので詳細は控えるが、あらゆるものに超小型マイクが装着され、盗聴や監視が至る場所で行われていたことを実物ベースで見聞きできる点は興味深い。
小型マイクで収集された音が無線通信で収集される様は、英語ガイドの人曰く「ソビエトWifi」。まさにその通りだ。
また、KGBの拠点はここだけでなく街中にもあったとのことで、ベランダに出て教えてもらえる。ホテルの別の場所では、KGBに尋問されている様子をパロディー化してセルフィー写真を撮影できる場所もあった。
実は隣国ラトヴィアにもKGB Houseなる建物が一般公開されているが、非常にシリアスかつ重苦しい空気感で、当時の酷い様子をリアルに伝えるものだった。
歴史的、地政学的にバックグラウンドが類似しているかに思いきや、ロシア帝国やソビエトその他周辺各国との距離感や感情は微妙に異なる部分があるのだろう。
また、リトアニアにはスケジュールの都合上行けなかったが、同様の施設が存在するらしい。
それらを確かめる「バルト三国 Dark Tourism」は興味深い旅行プラン一つになりそうな気がする。